everlasting
Kyoko Satoh and her LITTLE Orchestra


【大谷能生氏によるライナーノーツ】

「Momentary」のライナーノーツでは、彼女のリトル・オーケストラがジャズの歴史のなかのどのような場所にあるのかを書いてみた。ここから先はアルバムの楽曲に即しながら、実際にどのようなサウンドがここで鳴り響いているのかを記述してみたい。ここまで書いてきて、佐藤恭子のプロフィールをまだ何も提示していないことに気が付いたが、インターネットに情報だけは氾濫している現在、アルバム購入者に直接読んでいただけるこのような貴重な場所を、どこでも読めるようなデータで埋めることもないだろう。実際にこのオーケストラのサウンドを聴いていることを前提に書いてゆきたい。
この二枚のアルバム「Momentary」/「Everlasting」の楽曲は、2014年初頭に短期間のレコーディング合宿をおこなって、一挙に録音されたものだと言う。とにかくまずレパートリーを記録してしまい、その後あらためてアルバムとしてのかたちを整えよう、ということだったのだと思うが、結果としてそこから二枚のアルバムが作られることになった。他にどのようなマテリアルがその合宿で録音されたのかは不明だが、ここに収められてた楽曲/演奏は確かに粒揃いで、どちらから聴き始めても十分にこのバンドのサウンドを楽しめるものとなっている。
「Momentary」の冒頭、「Red ladder and the blue planet」は、フーガ的な主題からはじまり、次のメロディーによって自然にハーモニーが上下に広がって、回帰したメロディーと重なってまた異なった調へとスリップし、自然にブレイクまで辿り着くアレンジが素晴らしい。前半のソロはベースの安田幸司とギターの寺尾ナオ。特にギター・ソロは(メセニー・ライク過ぎる感も若干あるが)バッキングの変化を受けながら十分に唄っており、その後に出てくる和田充弘のトロンボーン・ソロも、サステインを生かしたフレージングがアレンジに良く映えている。
この曲に限らず、佐藤恭子のアレンジはソロ楽器の特性を念頭において仕上げられており、たとえば「ToyBoxBlues」における土井徳浩のクラリネットは、隙間の多いリズムの上で洒脱に振る舞い、エリントン/ストレイホーンのアレンジした「くるみ割り人形」を思い出させるサウンドが、ジャズにはクラリネットがあるじゃないか、とあらためてこちらを思わせる楽しさがある。「…and I listen to the ocean blue」のアルト・ソロ、「Just Friends」のバリトン・ソロも聴き応えがありますね。
6拍と5拍のメロディーを持つ「RabbitOnTheMoon」は、アニメの映画音楽などにも取り上げられそうなキャッチーな出来で、菅野よう子的な仕事もこのリトル・オーケストラは受け持つことが出来るかもしれない。ジャズとポップスの狭間はいま、どこにあるのか? 映像が付帯する音楽にはそのようなクリティックがつきまとうので、ぼくは「そういった仕事はどんどんやった方がいい」派だ。
アルバム「Everlasting」の中心に置かれているのは、ピアノの佐藤浩一との共作した組曲『Metamorphose』。ジャズにおける「組曲」もので成功した例は数少なく、龝吉敏子の『insights』における『水俣』、エリントンの『ア・ドラム・イズ・ア・ウーマン』、それに、ジョージ・ラッセルの『ニューヨーク、ニューヨーク』ぐらいしか、すぐには思い出せない。組曲に必要とされるのは楽曲同士を結びつける(または切り離す)ドラマトゥルギーであり、いわば脚本家と編集者を兼ねた能力がそこでは求められる。複数の主題を平等に、時には無関係に取り扱う作業を通して、鳴らされた音ははじめて一固まりの層=組曲としての感動を得ることが出来る。『Metamorphose』はどうか? エッシャーの絵画のモノクローム性、具象と抽象の合間!
縫ってゆくグラディエーションの感覚は良く出ていると思う。漸次的に変化してゆく主旋律とその彩りのつづれ織り、ということで考えれば、part2から3への展開などはとても上手くいっているだろう。だが、組曲ということであれば、自然な変化だけではなく、エッシャーの絵のなかにある宙吊り感、突然の裂け目や逆走、根本的に異なったモチーフ、相容れないものどうしの緊張とつばぜり合いと緩和、最初からあったけれども、最後にならないと聴き取れないリズムの歪み、などがもっと聴きたいと思ってしまった。これは贅沢なことだろうか? いや、彼女ならそれほどの困難はなく出来ることだと思う。
龝吉敏子という名前をぼくはいま書いた。佐藤恭子のバークリー音大の大大先輩にあたる龝吉の『塩銀杏』をレコード棚から取り出して、プレイしてみる。一九七八年に吹き込まれた、アキヨシ=タバキン・バンドの充実作で、勢いと余裕のある素晴らしい吹き込みである。龝吉敏子と佐藤恭子のジャズを一緒に聴くことが出来るということ。こうした場所にぼくたちはいま立っている。手間と元手が大変に必要なジャズ・オーケストラのサウンドに、これまでよりもっともっと多くの人が耳を澄ませることを期待している。


【佐藤恭子 セルフライナー】

1. Hope
ギリシャ神話のパンドラの箱のストーリーに沿って書いた曲。前半部トランペットソロは、神々が人類に災いをもたらすために悪巧みを計画している不穏な様子、中間部アルトサックスソロはパンドラが箱をあけるに至る心の葛藤、そして、後半部フリードラムソロは、箱を開けて様々な災いが次々に飛び出す様子。メロディに強烈な個性を持たせることなく、音世界を創ってみたいなと想いました。

2.~ 5.組曲 Metamorphose part1~4
メンバーでピアニストの佐藤浩一くんと、二人で一時間くらいの壮大な組曲を書こうと、リレー方式で順番に書きました。1,3が主に浩一くん、2,4が私です。トリックアートで有名なエッシャーのユニークな、metamorphoseという、高さ20センチ、幅4メートルの作品からインスパイアされています。平面上に描かれた幾何学的なモチーフが少しずつ変化し魚や鳥や昆虫や建物や…と次々と形を変えて様々な景色が描かれているのですが、その変容の過程を、音楽におけるメロディ(モチーフ)を使って、描いています。一曲一曲がそれぞれある程度独立した曲であるけれども、やはり全体を通して一つのストーリーであるということを大切に、静と動、明暗など、音楽のいろんな表現を試みました。

6. Yuyake Koyake
多くの日本人にとって非常に懐かしい歌であろう、「夕焼け小焼け」を編曲しました。日本の秋の夕暮れ時のどこかせつない、あわれ、や、わび、さび、とも言えそうな感覚を、無調的な響きを取り入れながら表現してみました。